人魚の恋

その居酒屋には巨大な生け簀があり、ガラスを通して人魚が泳いでいるのが見える。
生け簀の中の魚はストレスが一杯だ。いつ掬われて料理されるかもしれないからだ。
そこで魚たちと楽しく話をするのが人魚の仕事だ。ストレスなく飼われる活魚は一段と美味しい。
ある日、人魚が一目ぼれする客が現れた。
自分の仕事そっちのけで彼の気を引こうとした。
でも人魚はヒトの言葉をしゃべれない。
水中で何度も自分を指さして、こちらを見てと媚びを売る。
でも彼には人魚の恋心が全くわからない。
思い余った人魚は、ドルフィンキックで水面から飛び上がった。空中で大きく弧を描きぶつかると思った瞬間、彼は人魚の体を見事にキャッチした。
彼に抱かれて人魚は満面の笑みだ。
人魚が好きな男性は、水の中でカッコよく泳げる男性だ。
彼は居酒屋で酒を飲んでいただけなのに、人魚にはわかるって？
その通り。
彼は水泳のオリンピック代表選手だ。