帰れるならば

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海へ帰れない人魚の問いかけに、漁師の妻は胸に大きな穴があくのを感じた。
『故郷へ帰ることができないなら、忘れることはできる…?』
女は知らないうちに道徳的なこたえを探していた。
思い出は今を苦しめることもあれば、辛い現実を耐える支えにもなる、と言おうか。忘れてしまえば、自分が何者かも忘れてしまうよ、と言おうか。
忘れて、今の現実を生きることで新しい生活に馴染める、そう言おうか。
でも、どれも本当ではない。
「帰りたい。帰れないなら、忘れたい。忘れられない自分を愚かと思う。自分の選択が重なってここへ来たのに。こんな思いをするとは知らなかった」
人魚はパッと目を開いて女を見つめた。
「あなたがそんなに辛いなら、私があなたの夫を殺してあげる。そうしたら、あなたは『漁師の妻』ではなくなるわ」
公開:23/04/29 10:02
更新:23/04/29 16:31

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