夏の夜風

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海を捨てた人魚が、ふるさとが懐かしくて泣いていた。
珊瑚の入江、海藻の森、鯨の歌、涼やかな深海の流れ、光の届かない海の底でちらちら光る孤独な魚。
人魚の話を聞いた漁師が人魚を浜辺に連れて行った。でも彼女の足には海の水は焼けるようにしみる。人魚話を聞いた狩人が人魚を山の森に連れて行った。でも木々の葉が彼女の肌を傷つけた。鯨の歌ほど優しい歌は地上になく、夜風は冷たすぎる。
ある夏の夜、漁師の妻が人魚の傍らで海の中の故郷の話を聞いていた。妻も遠い山の向こうの故郷の話をした。そこは栄えた町でこんな夏の夜には大きな花火が空を飾った。
ふたりは線香花火に火をつけて、ひととき煌めく故郷を偲んだ。
公開:23/04/29 08:22
更新:23/04/30 20:09

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