文字が聞こえる

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出先でメモ用紙を切らして困っていると、隣の女性が便箋を一枚譲ってくれた。
『おひとついかがですか?』
鈴を転がす様な声で、余白に添えられた文字が喋った。
筆談用だとなぜ分かったのだろう。驚きつつ、僕も彼女の文字に並べて書いた。
『ありがとうございます』
不格好に上ずった返事を彼女は笑い、また書いた。
『どういたしまして』
なんて美しい声の文字だろうと僕は思った。僕の耳には人の喋る声は聞こえないが、人の書いた文字は声として聞こえるのだ。どうやら彼女も同じらしく、連絡先を交換して別れるまでの間、僕達は便箋いっぱいのお喋りを楽しんだ。

僕と彼女はその後も文通で会話を続けた。
おひとつから始まった便箋は十枚になり、百枚になり。現在は大きな画用紙を使っている。

今日もまた、にぎやかな文字が聞こえる。
万年筆でかしこまった僕と、ボールペンの彼女と、画用紙から元気にはみ出した、子供達のクレヨンの声。
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公開:23/05/01 18:17
月の音色 月の文学館 おひとついかがですか?

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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