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「マタ足袋売り」は、終着駅にいる。

雑踏の中、ビニールシートにマタ足袋を並べて、じっと静かに座っている。
サイズも色もさまざまなマタ足袋は、青いシートに鮮やかに映えるが、ほとんどの人は素通りする。
だって必要ないし。特にいまは、履けないし。

でも、ごくたまに。
ごくたまに、立ち止まる人がいる。

「ひとつください。やっぱりまた、旅がしたくて」

消え入りそうな、でも決意を込めたささやき声。
微笑みを返して、マタ足袋売りはどうぞと足袋を手渡す。


何度転んで傷ついても、やっぱり、とまたやみつきに旅をしたくなる。
人生とは、マタタビのようだ。

ありがとう、と手を振って、後ろで待ち構えていた折り返し列車に乗り込む後ろ姿に、マタ足袋売りは毎度そんなことを思う。
一度は透き通りかけた足にマタ足袋をぎゅっと履いた彼らは、みんな等しく美しい。
ファンタジー
公開:23/03/31 22:03
更新:23/03/31 22:14

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