旅をしながら流しをやっています

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「すみません、一曲だけでも」
 五席しかないカウンターの居酒屋は満席だった。男はそこに遠慮がちに顔を出した。
「一曲だけね」
 店主の言葉に男は喜んで、ガラガラと台車を引いて店に入った。その上にはコントラバス。五人の客は、驚きつつも椅子を片付け、店の隅にコップ片手に固まった。
「では、ベートーベンを」
 ボンボンボンボーン。低音で店は揺れ、客は顔を背けた。
 演奏が終わり、パラパラと拍手。男は頭を下げた。
「どこから来たのかね」
 店主が何気なく尋ねる。
「九州から各地を回っています」
「そんな遠くから? 大変だな」
 客の一人が、巨大な楽器を見た。
「へえ、電車に乗る度に手荷物料金がかかって。でも、あっしはこれしか弾けないんで」
 店主も客も憐れに思い、千円札を次々と手に渡した。
 男は深々と頭を下げてから、言った。
「近くにティンパニーの流しも来ているので、二人でもう一曲ていうのは?」
その他
公開:23/03/31 22:26
更新:23/03/31 23:15

吉村うにうに( 埼玉県 )

はじめまして。田丸先生の講座をきっかけに小説を書き始めました。最近は、やや長めの小説を書くことが多かったのですが、『渋谷ショートショート大賞』をきっかけにこちらに登録させていただきました。
飼い猫はノルウェージャンフォレストキャットです。
宜しくお願い致します

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