老婆の休日

老婆は、ローマにいた。石畳の上に。
「僕と、楽しく素敵な1日を！」
青年から不意に声を掛けられた。
「えっ！冗談でしょ？私、来年米寿よ」
「えっ！冗談やめましょうよ」
青年は、私を上から下まで眺めて言った。
自分自身を見て驚愕した。身体に張り付くボディコンを着用し、見事にくびれた身体のラインを否が応でも強調している。
楽しい時間は夢のように過ぎていく。最後に向かったのが「トレヴィの泉」
「後ろ向きにコインを泉へ投げ入れると願いが叶うという言い伝えがあるんですよ」
青年は、そう教えてくれた。
「でも、泉に入らないと願いは叶わない」
とも。
言われた通り後ろ向きに、母の形見である金貨を投げ入れた。思いっきり空高く。
早春の陽光に射され、金貨はキラキラ輝く。そして、空のかなたへ消えていった。
今まで、休みはなかった人生だったと回顧する。せめて、今日ぐらいは休もう。
「ローマで老婆の休日」を。