旅の支度

「ほら、旅の支度はできた？」
そう聞くと娘は急いで歯ブラシを取りに行く。これは昔、母がよく言っていた魔法の呪文。幼い頃、私は眠るのが怖くて夜になるとぐずぐず泣いた。そんな時母はよくこう言っていたのだ。
「旅の支度は？パジャマを着ないと旅に行けないよ？」
「ねぇなんで寝るのが旅なの？」
「眠ると夢を見るでしょう？あなたはそこで色んな旅をする。眠っている間に体はとっても成長してるの。そして旅ではきっと心が成長してる。だから眠ることは旅に出ることなのよ」
「旅に出ると成長するの？」
「大きくなったら旅に出てごらん。きっとたくさん成長できるわ」
母が長い旅に出て3年。今頃向こうからのんびり私たちを見守ってくれているだろうか。そんなことを思いながら今日も娘に呪文を唱える。
今だからこそわかる。娘が早めに夢の旅に出てくれると、母は夜の1人旅を長く楽しめるのだ。
お母さん、やっぱりこれは魔法の呪文だね。