春先のメデューサ

「あの…予約していたメデューサです…」
店を訪れた女性が消え入りそうな声でそう言った。
彼女を奥の個室へと通す。他のお客さんを石化させない為の配慮…というのは表向きの理由。
本当の理由は今の彼女の姿にある。サングラスに大きな帽子。さらに頭を丸々隠すようスカーフを巻く姿はまるでお忍びの女優だ。
人の目がない事を確認し、スカーフを取る彼女。鏡に映る、自身のとぐろを巻いた髪蛇にため息を吐いた。
春になったとはいえ、まだ寒いからなぁ…彼女の頭はまるで大仏様のような髪型だ。これは隠したいだろう。
早速ぬるま湯で髪蛇を解かしていく。下手に刺激すると嚙まれてしまうので丁寧に蛇達を起こし、脱皮も促しておく。
そうして４時間後、ようやく私達がよく知るメデューサの頭髪の完成だ。
艶のある髪は蛇とはいえ、思わず見惚れてしまいそうになる。
メデューサの彼女も鏡に映る自身の美しさに見惚れ、石のように固まっている。