旅硝子

「旅硝子試してみませんか？」リフォーム業者の男が黒いガラスを持ってきた。それがあれば家に居ながら世界の風景が楽しめるという。僕は、リビングのサッシを替えてもらうことにした。
　工事はすぐに終わった。目の前の黒かったガラスは透明になり、荘厳な屋根瓦のお寺が見えた。
「京都の烏丸ですね、この子はあの屋根が好きでねえ」
　彼はそう言ってガラスを撫でた。
　しばらくすると、お寺は消え、ガラスが曇った。よく見ると、緑の森の中に温泉の湯けむりが見えてきた。
「ここは、ニュージーランドで……」
　男が説明する前に景色は消えた。残念だと言うと、
「烏の行水ですから」彼は平然と答えた。
　ガラスは元の黒になった。故障かと思ったが、向こうから木々のざわめきや鳥の声がする。彼は首を傾げて、
「どこかな？　ドイツの黒い森か？」
　そう言って、目を凝らした。
「闇夜に烏ですね」
　僕は笑って、財布に手を伸ばした。