時価旅

「皆さん、靴を脱いでこちらを履いて下さい」
　ツアーバスは、最後に埼玉県のあるグルメエリアに立ち寄った。僕はツアー客の目印である赤い地下足袋を履いて、バスを降りた。降りがけにガイドさんはつけ加えた。
「このエリアでは、値段は時価になります。この季節は旬の材料が沢山入っているのでお得ですよ」
　どの店に入ろうかと迷っていると、先に入った人たちの声が聞こえてきた。
「シャトーブリアンが五千円でいいの？」
「大トロが三千円、来てよかった」
　慣れない足袋で疲れたので、僕は一軒の空いているラーメン屋に入った。ここなら時価でも安いだろうと思ったのだ。
　出てきたのは、チャーシューの代わりにハムの乗った残念なラーメン。食べ終えて値段を聞くと、店主は悲しげに言った。
「うちのかかあが病気でさ、バイトを雇ったんでさ。なに、最低時給ですがね」
　伝票には１９８７円と、人件費が上乗せされていたようだった。