わたしの旅

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わたしは最初ただの音だった。
あー
と人の口から発せられたとき、わたしは産声をあげた。
わたしは相手の耳から入り脳を通ってその口からまた飛びだした
いー
と。
それがわたしの旅の始まりだった。
旅は何百万年も続いた。
わたしはその間に少しずつ成長し形を変えた。

ある時、大きな戦争が起きた。
銃弾に倒れた男の口から絞り出されるように溢れた言葉
アイシテル
それがわたしだった。
いつもなら相手の耳に届くはずのわたしの体は赤く染まった大地に真っ逆さまに落ちた。受け取る相手がいない言葉は死んでしまうのだとその時初めて知った。
もしも生まれかわることができるなら今度は自由にアイシテルを届けられる羽が欲しいと願った。

女は戦争で死んだ夫のことを考えていた。すると蝶が一羽やって来て女のまわりを何度も何度も回った。女の目にふいに涙が突き上げた。どこかで夫の声が聞こえたような気がした。
公開:23/03/19 19:33
更新:23/03/29 21:21

杉野圭志

元・松山帖句です。

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