鍵盤から声

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 平日の午後、掃除をしようと私は娘の部屋に入る。
 勉強机に飾った写真立ての中では、娘が入院していた病室で、夫と私と一緒に笑っていた。
 私は掃除機をかけ始める。
 床に置きっぱなしのおもちゃのピアノが目についた。娘の3歳の誕生日に買った物だ。
 私は座って1番低い音の鍵盤を叩く。
「ママ。このピアノ、録音できるんだよ」
 娘の愛らしい声が部屋中に響いた。
 私は口元を抑えてピアノを見つめ、恐る恐る2番目の鍵盤を叩く。
「ママ大好き」
3番目。
「パパ大好き」
 部屋のドアが開く音がした。
 振り返ると、娘が立っている。
 学校から帰ってきたらしい。ランドセルを肩から下ろす娘の首元には手術跡を隠すためのスカーフが巻かれている。娘は私の隣へ来てしゃがみ、1番高い音を出す鍵盤を叩いた。
「手術で声が出なくなる前にパパと一緒に録ってるの。」
 娘が私の顔をのぞき込み、屈託ない笑顔を見せた。
その他
公開:22/09/12 21:07
更新:22/09/12 22:04

志雨

2021年3月に小説を初めて完成させました。いろいろなジャンルのショートショートを書いていきたいと思います。
 

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