静蟹(しずかに)の海~the sea Sizukani

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月齢0,1、朔夜。シャトルが滑り込んだ水のない海は、月色の泡に満ちていた。
サイレントクラブ、和名を静蟹もしくはシズマネキと言う蟹の卵だ。地球に光が届かない新月の夜、彼らはその名の通り、静かに命のともしびを繋ぐ。

地球に住むシオマネキと同じく、静蟹のオスは大きなハサミでメスを招く。
真空に振り上げる片刃のそれは、ハサミより刀の様だ。静蟹の群れが一斉に宙を斬る時、海は一層静けさを増す。
かつてこの場所を『静かの海』と名付けた天文学者は、見えない海のこんな姿を想像しただろうか。
次代を産んだ蟹達は溶けて闇へ帰り、輝く卵が潮騒に似た産声を上げ、静かの海は音に満たされる。


月色の夜が終わり、青い朝が来る。
静寂を取り戻した水平線に満地球の昇る頃、小さなハサミを掲げ、新しい命の波が沖へ巣立って行く。
離陸するシャトルに背を向け、私も基地へと歩き出す。
砂に刻んだ足跡が『しぃ』とひっそり鳴いた。
ファンタジー
公開:22/08/22 13:23
月の音色 月の文学館 テーマ:しーっ、静かに

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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