和火寂(わびさび)

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玉屋の『たま』は先人の御霊(みたま)の事だと、生前の父はよく言った。
暖簾親の鍵屋から再分家する形で、江戸期に絶えた玉屋の号を継いだ父は、日本古来の和火(わび)にこだわる職人だった。
色鮮やかで明るい洋火に比べ、橙一色の薄暗い和火は需要が限られる。商売は厳しかったが、父は頑なに信念を貫き、夏の大会には身銭を切っても和火の打上げを欠かさなかった。

花火は御霊を天へ届ける送り火だ。打上げ筒に向かう時、今も父の言葉が蘇る。
昇りゆく炎の軌道を敬礼で見守る影がある。夜空に咲く大輪を宙返りでなぞる飛行機乗りがいる。弾ける音のまにまに、海に消えた万雷の拍手が響いてくる。

残光が散った後、たなびく煙が流れるまでの瞬く間、ささやかな命の火が空を渡る。天の川の様に、願いを運ぶ流星群の様に。


「た~まや~!」
力強い掛け声に、かすかに痛む胸を抱えて振り返る。
頑固者の笑顔が火の粉をまとって風に溶けた。
その他
公開:22/07/25 13:33
月の音色 月の文学館 テーマ:花火師の憂鬱

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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