恍惚(横断)

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歩行者用信号機が青に変わると同時に踏み出したらズルッという感じがして、もう渡り終えていた。だが何かを忘れてきた気がして振り返ると、薄いピンク色をした毛のないダックスフンドの胴体みたいな筒状の物体が横断歩道に横たわり、人々がマスクを手で押さえながら遠ざかっていくのが見えた。しげしげと眺めると、ダックスフンドの胴体というのはひいき目だった。胴回りが一抱えほどある芋虫というべき物体で、これは自分の器官だと身体が認識していた。なぜなら、無数の裸足の足裏で道路を踏んでいる冷たさを感じていたからだ。わたしは横断を再開するため、もぞもぞと歩道を前進し始めた。信号が点滅する。サイレンも聞こえる。焦った。轢かれてしまう。死ぬ。尻の穴がモグモグして、思わず四つん這いになった。そこへ冷たい足の裏がグネグネとねじ込まれてきた。その感覚に恍惚とした。
こうしてわたしと街は新たな日常を取り戻し、昼食はうどんを食べた。
その他
公開:22/12/18 10:39

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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