緊急避難

おれは事業を立ち上げることにした。前祝いで婚約者と船旅に出かけた。
航海を終えて日本に着く直前、船が沈没した。おれと婚約者は海に投げ出された。
おれは無我夢中で船の板切れに捉まった。婚約者も助かろうと捉まってきた。おれは婚約者を突き飛ばした。二人同時に捉まると、板が沈んでしまうからである。よく知られた緊急避難というやつだ。
おれは婚約者より有能で、社会的に価値のある人間だと自負している。エロス的な愛なら婚約者に譲るのが正解なのだろうが、アガペー的な愛なら多くの人間のためにおれが生き残るべきであろう。
目論見通りおれは助かり、婚約者は死んだ。
その後おれは事業を立ち上げ成功し、多くの従業員や地域の人々を幸せにした。
社会の役に立つ商品を幾つも開発し、文化や文明の進歩にも著しく貢献した。
おれ自身も新たな女性を見つけ、幸せな家庭を築いた。
おれは天性の判断力、観察力がある男なのだろう。