椿は落ちる

0
1

「遠くへ行きたい」
 最初の雨の一粒の様に落ちた声に色はついていなかった。透明な色の声は割れることなく、ポツリと落ちた。
 彼女が願うのは最期であると知っていた。それにも関わらず此処へ留まることを望む私を彼女は許した。
 生を自ら手放すことを罪人とする人々を見てきた。だが、自死を望みながら歩く生は奈落の底を這い蹲るのと同義ではないだろうか。
「花に嵐の喩えもあるさ、サヨナラだけが人生だ」
 いつか彼女が桜の散る様な笑顔で、一等好きな言葉だと教えてくれた。彼女について私が知り得ることは、この言葉を愛している事と、生を辞めたいと切に願う事だ。歩道橋から見る車の川や、ホームへ嵐を起こす電車を見ると吸い込まれてしまうと嗤う。そんな彼女を生に留めてしまうのが、私だ。
 喜ぶことは出来ない。悔やむこともない。ただ、有難う。有ることが難しいと書くから、ありがとう云う。
その他
公開:22/11/06 03:15

街角ニューカペナ( 東京 )

あなたの受け取り方で。

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容