押し風

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アルバムを開いた瞬間、強烈な風が顔に向かって吹きつけた。
「それ、佳世が初めてお父さんの抱っこで寝た日のだわ」
春一番が吹いた日だったのよね、なんてのんびりと母が言う。
「そんなのまで残してたの?」
「それが押し風の醍醐味だもの」
風を上手に本に挟むと、その瞬間の風を押し花みたいに残すことができるという。母は押し風が得意で、特別な日もそうじゃない日も、よく押し風を作った。
「そうだ、佳世に渡しておくものがあったんだ」
思い出したように立ち上がった母は一度座敷の奥に消え、すぐに小さなノートのようなものを持って戻ってきた。
「母子手帳?」
開くと、しっとりと甘やかな風が頬を撫でる。
「佳世がお腹にいるってわかった日の風なの」
母がそう微笑んだ瞬間、開いてもいないのに、同じ匂いの風が鼻先をくすぐった。
ふたり顔を見合わせ、同時に私の平らなお腹を見下ろすと、頷くようにもう一度、同じ風が頬を撫でた。
ファンタジー
公開:22/10/30 19:32

ゆた

高野ユタというものでもあります。
幻想あたたか系、シュール系を書くのが好きです。

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