君の好きな花

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君が好きだった花の匂いがする。

笑顔の君の周りにはたくさんの花が咲いている。その前ではたくさんの人が泣いている。
仕方のないことだった。
治せない病気だった。

君が病気にかかったことも、僕が君の葬式でひとつも泣けないことも、君の体を持ち出して小さな船で寒い海に出たことも、
この船が行き着く先なんてどこにもないことも。
仕方のないことだったんだ。

ある日せまい船の上でふたりで寝転びながら、君の好きだった歌を口ずさむ。
下手くそだって思われたかも。実は数える程度しか聴いたことなかったんだよね。

ある日君の好きだった映画を思い出す。
豪華客船で永遠の愛を誓うみたいなはなしだった気がする。まるで僕たちみたいだ。

せまい船の上で動かない君を抱きしめる。
好きだ。どうしようもなく、好きだった。

せまい船の上で、起き上がることが精一杯の体で、唇を重ねる。

君が好きな花の匂いがした。
恋愛
公開:22/05/12 06:12
更新:22/05/12 06:18

ねことまと( 日本 )

大量のインプットを受けた後のアウトプット用
ショートショートとは言えないような短い物語を書いてしまっています。

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