時計職人は語る

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 時計職人志望は観察から始めるんだ。目を凝らし、時間を細部まで写し取る。時間を手に取るよう理解して、初めて、実際手に取る時計にできる。それでも最初はあちこち時間が余ったり、足りなかったり、失敗ばかりさ。見たものをそのまま作る、それが難しい。
 時計は矛盾した存在だ。時間を見たい欲望を掻き立てる時計は、いざ見てみるとあまりの魅力に時間を忘れさせてしまう。
 理想の時計には一度だけ出会った。とある街の時計台だ。ひと目で惚れたよ。精巧な細工、歯車が見えるような針の軋み、澄んだ鐘の音と共に優雅に踊りだしたからくり人形は、毎日同じ動作を繰り返してるはずなのに、まるで今初めて、恋に落ちたみたいだった。そう、きっかり正午まで眺めていたんだ。だけど気づいたら、針はまだ九時前を指していた。最初に見た時から、まったく時計は進んでいなかった。
 その時知ったよ。完璧な時計は、出会った瞬間、時を止めてしまうんだ。
ファンタジー
公開:22/05/06 20:00

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