白い箱

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休日に部屋でひとりきり。白い箱を開けてみる。写真が一枚入っている。刃で切ったような鋭い線が一本真っ白な背景に。志穂子の一本の髪の毛の写真である。
かつて志穂子と二人で夏の高原の林の道を歩いた。さわさわと茂みの音がした。山荘でワインを飲んだ。笑い声とともに志穂子の長い髪が揺れ動いた。髪をあげる志穂子の指が細かった。
彼女とはそれきり会うことはなかった。髪の毛一本だけがなぜか手元にあった。髪の毛の写真を撮った。そして白い箱に納めた。
白い箱は誰もがひとつ持っている。なかを見るのは持ち主だけで本人以外が知ることはない。
白い箱を知らない者もいる。でも持っている。箱はどこか部屋の奥にでも隠れている。
持ち主はときどき箱のなかを見る。中身は決して他人に話してはいけない。伝えた途端に中身は嘘になってしまう。
だから私がここに書いたことは実は嘘である。どこからどこまでが嘘なのか、読者の判断に任せたい。
その他
公開:22/04/24 16:09

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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