熱視線

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「ずいぶん熱心に見ておいでですね」
穏やかに声をかけられ、私は閉館時間が過ぎた事に気付きました。
「すみません、長居してしまいました」
展覧会の最終日、去りかねて方々で足が止まり、見渡せば館内には私と、声をかけた職員さんの二人きりです。

「この絵がお気に召されましたか」
先程まで見ていた絵を指して職員さんが言います。真っ白な雪原に裸木の一本立っている風景画で、題名は『春を待つ』とありました。
「綺麗だけど淋しい絵ですね」
「山里は冬ぞさびしさまさりける、という心でしょうか」
ゆっくり歩み寄る職員さんの、白髪と黒い背広、少し腰の曲がった姿勢が、まるで絵が人の姿に化けた様で、何だか不思議な気分でした。
「おや。お嬢さんの視線がよほど熱かったか、ここに春の兆しが見えますよ」
職員さんが笑って示す指の先、細い枝に蕾が一つほころんでいます。
驚いたのと恥ずかしいのとで、私は顔から火が出そうでした。
ファンタジー
公開:22/04/04 13:58
月の音色 月の文学館 テーマ:見つめるその先に With百人一首 源宗行朝臣の歌

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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