花風吹かば

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 花散らしの雨が降る。

 ──おお。寒い。

 夕間暮れの中、あてどなく町を彷徨っていた私は朱色の提灯と太鼓の音に惹き寄せられるようにその小屋の中に入った。

「当日は三千円です」

 私を見ているのか見ていないのか受付の帳面に目を落としたままの男にそう言われチケットを買い、中に入る。
 間もなく「風」をテーマとした春らしい落語が始まった。
 寒さでカチリとしていた演内の空気が噺家の熱演とお客の笑い声でほぐれていく……場が温まるとはこの事か。

 熱狂と万雷の拍手の中、舞台は終わり、客は次々と帰っていく。
 残ったのは私独りだ。 
 
 ──ひゅうどろどろ。と何処からともなく生温かい風が吹いた。

 私はゆらりと立ち上がり、両手をだらりと胸の前に下げると舞台の袖に立った。
 
 次の季節の興行──「怪談」までここに居座る事にする。
その他
公開:22/04/03 09:12

椿あやか( 猫町。 )

【椿あやか】(旧PN:AYAKA) 
◆Twitter:@ayaka_nyaa5

◆第18回坊っちゃん文学賞大賞受賞
◆お問合せなど御座いましたらTwitterのDM、メールまでお願い申し上げます。

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【note】400字以上の作品や日常報告など
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