犬と中指

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 おこげは芝犬で、私と同い年の家族だった。五歳の時、私の左中指を食いちぎった。
 「あー、いや、悪い。やっちまった」
 おこげは耳を垂れた。おこげが話しかけてきたのは初めてだった。でも私の指はもう、おこげのお腹の中だ。私は泣いた。
 「なあ頼む、取引しよう。黙っててくれよ。指なら返すさ。利子つけて返す」
 私は頷いた。存在しないドーベルマンを一緒にでっちあげた。私たちの関係は元通りにならなかったけど、新しい関係は、前の関係に割とそっくりだった。
 今日、死んだおこげを火葬場で骨にした。私の指の骨も出てきた。小さな骨から更に骨がいくつも生えていた。指は複利で増えていた。でも、私にはもうどうでもよかった。
 許したのか、痛みを忘れたのか、それとも、もう必要無くなったのか、複雑な感情を正しく言い表す的確な一語はきっとあったはずなのに、「ありがとう」という全然別の言葉が、涙と一緒にこぼれ落ちた。
その他
公開:22/03/24 20:00

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