ちくわを脱いだ夜

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「悔しいけどちくわは高いほうがおいしいの」
揺乃は裸のまま藁を出て、厩務員の詰所にある冷蔵庫を開けながらそう言った。午前0時。馬小屋の馬たちは立ったまま眠っている。起きている馬も僕と揺乃に遠慮しているのか、こちらを見ないふりで同じ夜の波間に漂う。
「結局はお金かぁ」
「そうじゃないけど」
青白い灯りの中、揺乃は長い靴下だけを身につけていて、切ったきゅうりをちくわに差しこむ。
「その靴下、ちくわみたい」
僕の言葉に揺乃は怒ったようで靴下を脱ぎ捨てた。あれは三月の安曇野。僕と揺乃のはじめての夜。僕たちはちくきゅうを藁にくるまって一緒に食べた。
「群馬県に南蛇井っていう町があるの」
「なんじゃい?変わってんね」
「なんぼのもんじゃいの語源になった所」
「へーそうなんだ」
「嘘だけど」
あの頃のしょーもないことばかり思い出すのはなぜだろう。揺乃は元気で僕も元気。なのに明るいベランダでふと思うんだ。
公開:22/03/24 12:11

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