水を打つ

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早朝にぽつぽつと水を打っていた。私の朝の仕事だ。一日のはじめ、すでに明るい陽射しのなかで水を打つ。庭にも石にも水を打つ。ぽつぽつと。石の陰からタヌキが顔を出した。タヌキにも水を。タヌキは石の前に出てすすむ。進路を予測してそこに水を打つ。タヌキは水を避けて姿を消した。
水を打ちながら頭の中で与えられた題目をひとつずつ追ってゆく。昨夜からの宿題だ。仲間と議論するのは水を打ちおわってからだ。
陽が高くなった。石にも苔にも茂みにも水を打つと座敷に入る。掃除が行き届いた畳の広間が輝いている。
師に朝の挨拶をする。師は言った。
「水を打ったか」
「はい」
「タヌキは何と言った」
「え」

私は師の部屋から出てきた。畳の目が鮮やかでくらくらとする。直線から曲線へと畳のヘリが調子を変えると畳が揺れて波紋が生じてそこに穴があらわれる。穴にはタヌキがいた。あたまを半分出して笑い顔。タヌキの声は聞こえない。
その他
公開:22/03/25 17:23

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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