12
5

きらりと何かが光ったので路上に立ち止まった。足元に銅貨が落ちていた。銅貨が街灯を反射している。指でつまんで取り上げた。銅貨には犬のシルエットが刻まれている。手のひらに乗せると意外に重い。胸のポケットに入れるとポケットのなかで銅貨が揺れる。揺れて音がした。音というより声、犬の声がした。銅貨を取り出して振ってみると子犬のなく声がする。銅貨を振って何度も聞く。犬というより人の声だ。いや、私は気づいていたのだがそれは志織の声だ。彼女と別れて三年になる。志織はふざけると犬の声を真似したものだった。別れた後、しばらくして病気で亡くなった。重い病気と知っていたら別れなかったのにと思ったが、同情の愛なんて嫌と彼女は言ってやはり別れていたかもしれない。銅貨を振れば振るほど志織が真似る犬の声が聞こえた。ポケットに銅貨を戻して歩く。歩くたびにポケットの中で声がした。夜遅い人気のない路で、それは悲しい声だった。
その他
公開:22/03/17 15:04

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容