お嬢様へ

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 かわいそうに、お嬢様は自分が亡くなったのに気づいてない。今のお嬢様は、私たちが追い求める面影になってしまわれたのに。
 お屋敷中が貴方を愛しておりました。だからカーテンが揺れる時、影に隠れる貴方が、ナイフが音を立てる時、難しいお顔でお肉を切る貴方が、そこにはっきりいらっしゃるのです。
 お姉ちゃん──そうです、使用人の私をお嬢様はそう呼んで下さった。ここからお庭を覗いてみて! とっても素敵な薔薇!
 ビロードの絨毯の上を貴方が走る、だけど貴方は面影で、自分が死んでしまったのをご存じない。貴方が廊下の角に消える。私が廊下を曲がる。一瞬、私に見失われてしまったお嬢様は、そこで駆け足のまま宙に止まっていて、もう一度、私が貴方を見出すまで、きっと永遠にそのままのお姿で、私を待っていらっしゃる。貴方の手に触れる。貴方が手を握り返す。時が凍っていたことにまるで気付かず、私の手を引いて貴方が走り出す。
その他
公開:22/03/13 18:00

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