西銀座で眠る

「歯医者に行くとよく眠れるから」
深夜の歯科医院ばかりに忍びこむ睡眠グループのリーダー関山永遠子を逮捕した。
捜査を担当した私も不眠症だからできれば逮捕は避けたかった。全国の不眠者を眠りに誘い続けた彼女の行動が犯罪だとは思えない。確かに不法侵入はいけないが歯科医院ほど眠れる場所がほかにあるだろうか。診察台での数分間は不眠者にとって糖蜜の壺に浸るような至福のとき。細胞のひとつひとつに沁みる甘みが疲れきった心と体をほぐしてくれる。私は彼女から犯行の一部始終を聴き取り最も眠れるという歯科医院に向かった。西銀座にあるその医院は通称チャンスセンターといい、今夜も睡眠犯が列をなしている。私は整理券を取り近くの美容室に忍びこむと洗髪台で診察台が空くのを待った。気がつけば朝礼と営業がはじまり洗髪とカットを済ませたあたりで捜査員が突入してきた気はするがいつのまにか閉店時刻。今夜もここで診察台が空くのを待つ。