凪の頃

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長い航海を終えて、久々に帰省した。

「海の上にいる時間の方が、陸にいる時間より長いんじゃないの?」

母は笑って言うけれど、実際、言い得て妙な話だと思う。
「陸に上がれば浦島太郎」なんてのは、僕らの世界では常識だから。

「少し散歩してくるよ」

きっと母は、父にも同じように、冗談めいてあんなことを言っていたのだろう。
船乗りになると両親に伝えた時、2人は複雑な顔はしたが、反対はしなかった。船乗りの妻は、強く、誇り高いけれど、心の内の本当のところなんて、誰にもわかりはしない。言わないという強さと、笑顔は相反しない。
父は、海の恐さを知っていた。母は、母というだけで強いのだった。

墓石の前に立つ。手を合わせ、また明日来るよと伝える。
帰り道、蛍が1匹、瞬いた。

「ハハヲ、ヨロシク」

モールス信号のように、蛍が1匹、夕闇の中で、微かに瞬いていた。
その他
公開:22/07/12 00:11

都忘( 東北 )

沈思黙考

 

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