接近、帰郷

1
3

 物心ついた時から視界端に、髪の長い女の人が立っていた。存在を疑問には思わなかった。私の成長と共に彼女が無言で接近してくるのも、五歳まで恐ろしいと思わなかった。
 彼女がいてはならない存在と知り、私はパニックになった。眼球を指で押したり色々抵抗したけど、とうとう彼女は目の前までやってきた。布団に逃げて目を瞑った。
 つい、開けてしまった。
 視界いっぱいに瞳が広がっていて、黒目に私が写っていた。
 失神した。
 目覚めると、髪の毛が何本か視界に浮いていた。通り過ぎたのだ。彼女が目指していたのは私ではなく、私の向こうにある何かだった。
 数十年後、再び現れた彼女は、幸せそうだった。あの頃と同じ、今の私と同じくらいの姿、花束を抱え、振り向きざま一瞬──何ヶ月も私に会釈し、去っていく彼女の後ろ姿は今なお小さく目の端に写っている。
 私には絶対見えない位置だけど、私の背後にあるのが幸せで良かった。
その他
公開:22/07/10 20:00

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容