名前、咲く。

世の中高年を悩ませた、電子化とペーパーレスの波が落ち着いた頃、日本に空前の花押（かおう）ブームが到来した。
仮想コンテンツの普及に伴い複雑・巧妙化したサイバー犯罪に対抗するには、一周回って紙と自筆が最も有効であると結論付けられたのだ。

印鑑の広まりと共に衰退した花押文化を復活させるべく、古くから花押に用いてきた草名体と、皇室ゆかりのお印を組み合わせた、花名体（かみょうたい）という文字が生まれた。
自身の名前や、好みに応じて選んだ草花や器物を図案化し、個人情報を織り込んだナノインクで手書きする新たな花押は、世界一偽造しにくい身分証として、かつ自らを彩る美しい名刺として人々の生活に根づいた。
法的に通用する花押の登録は、成人年齢の十八歳から。先祖代々の家紋を取り入れたもの、親から子へ贈られたもの、自立の証に考案したもの。多様性を象徴するような個性豊かな署名たちが、今や日本中に花開いている。