ではまず、歌ってください

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「ではまず、歌ってください」

思いがけない要求に狼狽えたが、幸いにも学生時代は合唱部だったため、歌声には自信があった。

私は心を込めて歌った。サビの手前で、あの頃の思い出が蘇ってきた。

涙が出そうになるのをぐっと堪える。面接で泣くなんて、そんな失態はできない。
でも涙に気を取られすぎて、最後の最後で音程がずれた。

——しまった!

歌い終わると、そのまま面接は終了した。


春、私は桃農園に来ていた。

「面接では戸惑った方もいると思います。うちでは歌唱栽培を採用しておりまして、桃に聞かせることでより糖度が増すのです」

質問はありませんか、との問いかけに私は手を挙げた。

「私は何故合格できたのでしょうか」

社長は私を覗き見て、思い出したかのようにこう言った。

「あなたは確か、途中涙を堪えていた方ですね。桃に染みる歌声でした。大切なのは歌の上手さではなく、心の豊かさなのです」
SF
公開:22/06/19 13:40

おの

趣味で短編小説を書く大学生です。
思いついたとき、思いついただけ。

https://twitter.com/ono_syy
 

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