王になった田中

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 二十年前、田中は小学四年生にして大記録を打ち立てた。毎晩欠かさず雑木林に出かけ、特大の虫かごいっぱいに76匹のカナブンを捕まえたのだ。
 田中は新学期直前に突然引っ越した。だが本当はカナブンを大量に捕えた功績を讃えられ、王になっていたのだ。人間の王じゃない。カナブンの王でもない。実際、何の王になったのか分からない。ただあの雑木林には、政治的にカナブンと対立する何か精霊がいたらしい。
 田中の通夜に参列した。姿の見えない精霊たちが、林中ですすり泣いていた。田中は二十年前と同じ、子供姿のままだった。幸せそうな死に顔だ。Tシャツのアニメキャラが懐かしい。半ズボンから覗く足は血の気が失せ、青白く、引きちぎられたカナブンの頭が何千も彼を取り囲み、月の光で鈍く輝いている。人間の参列者は数人、当時の同級生らしいが、互いの顔も、名前も忘れていた。王になったのは田中だけだ。誰も、田中ほどにはなれなかった。
その他
公開:22/06/08 20:00

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