墨染めに咲け

2
2

深草の野辺の桜し心あらば 今年ばかりは墨染めに咲け
いにしえの歌人が詠んだ歌を思い、ぽつりと筆先に雫が落ちた。あれは桜の花だったが、近しい人を送り出す心境は、昔も今も変わらぬものと見える。

喪中はがきの宛名を書きおさめに、祖父愛用の万年筆を置く。筆まめな彼の筆致がにじむ様な、とっぷり夜色に染まった軸。いぶし銀のペン先はややつぶれ、おおらかに太い文字からも生前の人柄が偲ばれる。
叶うなら棺に入れてやりたかったが、金属は火葬に向かぬ為、これも故人が丹精していたバラの樹の根方へ葬る事とした。

弔いの後に付き始めた若い蕾は、何色に咲くだろうか。
線香の煙とインクの香を聞きながら、またひとすじ雫が頬を伝う。
その他
公開:22/05/30 17:17
月の音色 月の文学館 テーマ:バラと万年筆

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
https://amzn.to/32W8iRO

ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容