ニホンオオカミ

1
2

 母が狼になるための教室に通いだしたのは、父から聞いていた。僕も少し前にテレビで知ったのだが、中高年の間で、月を見て狼に変身するための人狼講習がブームらしい。母と同年代の女性たちが、月を模した照明に向かって遠吠えしている光景が流れていた。右下のワイプ画面では、男性司会者がしじゅう薄笑いを浮かべていた。
 お前、何か心当たりはないか?
 父は何か、母との関係に重大な亀裂が入ったように不安がっていた。知らない、と答え通話を切った。人間の言葉で伝えられる問題なら、わざわざ獣になって解消する必要はないし、そもそも獣になることは、誰かに何かを伝えることなのか?
 先日、久しぶりに実家へ帰った。母は、昔の母のまま老いていた。夕食を食べた。ポテトサラダの中に、白く柔らかな毛が入っていて、僕は黙ってそれを取り除く。台所には絶滅したはずのニホンオオカミがいて、無言で食卓を囲む僕と父を、獣の目で見つめていた。
その他
公開:22/05/24 20:00

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容