La Gioconda

4
4

あの人の元を離れてから、私は幾人もの手を転々としてきた。盗み出されたこと、酸やペンキを浴びせられたこともあったっけ。
悲しい人生などと思ったことはない。私は一歩ずつ「完成」に近づいているのだから。
あの人は、生涯私に手を加え続けた。私には確かにモデルとなった人物がいたと思うのだが、残念ながら彼女のことはとんと思い出せない。きっともう面影は残っていないのだろう。
処置が終わったあと、あの人は必ず鏡を見せてくれた。正直どこが変わったのか分からないときもあった。けれど、あの人に「また美しくなったね」と言われるのは、くすぐったくて嬉しかった。
死の間際にあの人は言った。
「あとは時間が完成させてくれるだろう」と。
数百年もの時をかけて人々の愛憎に揉まれ、絡まる因縁の糸。それは私の美しさを引き立てる絵の具だ。塗り重ねられ、深みを増してゆく。
「完成」に至るそのときまで、私は微笑み続ける。
その他
公開:22/01/09 07:00
更新:22/01/09 19:27

エス氏( 青森 )

落語とか漫才とかが好きなので、クスッと笑えてオチが綺麗なものを書こうと頑張っています。
よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容