百メートル

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百メートルを十三秒台で駆け抜ける黒髪に、爽やかな春の風が混ざっていた。
「はい」
ちょんと、冷たいものが頬に触れる。
彼女が差し出したスポーツドリンクだ。
「次の大会、応援に来てよ」
「いけたらね」
「赤点、取るつもり?」
くす、と彼女が笑う。
「あなたに、そんな勇気ないでしょ」
「なんでわかるの?」
だって、と彼女はいって
「私に惚れてるんだから」
じゃあね、とウィンクをしながら、彼女はまたグラウンドへ戻っていく。
うぬぼれもいいところだ。
まだ私の自己ベストだって、更新できてないくせに。
骨折が治ったら、拳骨をお見舞いしなければ。
「あ、それから」
グラウンドの彼女が、大声でいう。
「もし私が次の大会勝ったら、正式にお付き合いしてね」
グラウンドは、爆笑の渦に包まれた。
「バッカみたい」
そういったけれど、きっと顔は赤くなってる。
だってそれは、私がいうはずのセリフだったから。
公開:22/01/10 17:09

ふじのん

歓びは朝とともにやってくる。

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