手枕

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母の遺品に、蕎麦殻の古い枕を見付けたのは、四十九日の終わり際だった。
「これは魔法の枕よ」
遠足の前の晩、楽しみで寝付けない私に、母が笑って差し出した。起きたい時刻の数だけ叩いて寝ると、枕が起こしてくれるのだと言って。
「寝坊しないように、枕さんにお願いしましょうね」

結果的に、翌日は盛大に遅刻し、先生に叱られる羽目になったのだが。
大切な用事を控えた晩、私は枕を叩いた。人に言わせれば迷信かも知れないが、習い事の発表会も、一次志望の受験も、就職試験の面接も、妻に想いを告げる決戦前夜も。そして枕は、必ず時間丁度に私を起こしてくれた。

結婚して家を離れ、忙しさに紛れて忘れてしまった。
記憶にあるよりずっと小さな、樟脳の香る枕を頭に布団へ入る。懐かしい音と手触りを確かめながら枕を叩き、眠りについた。


翌朝。――とん、とん、とん。と耳元に五回。
起きなさいとも、さようならとも聞こえる音で。
その他
公開:22/01/10 16:53
月の音色 月の文学館 テーマ:時計と記憶

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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