くつひも

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 ショッピングモールの入口にはミスタードーナツがあるけれど、わたしは太るのでドーナツはいらない。自動扉の外を冷たい風が吹き渡るのが見える。雲が速い。でも、わたしが今のわたしでいられる時間の過ぎる方が多分ずっと速い。
 突然、ギュッとわたしの肩が痛い。母が横で怖い顔をしている。
「くつひも」
 コーヒーと、クレープと、ハンバーグと、革の匂いが入り混じったエントランスの直前の、アルコール消毒スプレーまであと5mの位置で、母はわたしの足元に躊躇なくうずくまる。途端に辺りが明るくなった気がして気恥ずかしい。大勢の人がわたしの靴紐を結び直している母の背中を無視していく。わたしの周りには広々とした空間が広がっていて、お金で買えるものはなんだって揃っているけれど、風は見えなくなってしまった。
「ほら。左足も」
 わたしは全思考を停止する。空間は意味を失う。足元にある未来なんて、わたしは絶対に信じない。
その他
公開:21/12/18 20:10
更新:21/12/18 22:48

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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