バスタブ

2
3

平日の午前。陽あたりのいい浴室で彼女は掃除する。引っ越したのは小さな中古マンションだが、ささやかな贅沢をと浴室をリフォームした。真新しい人工大理石の浴槽。床置きタイプ、長さ150cm、猫足彫刻の4本脚。真っ白でつるつるの浴槽を彼女は何度もきれいに拭いた。洗剤の泡でこすりながら彼女は想う。浴槽には毎日のように夫と入る。二人とも喋らずに湯にじっと浸かっているだけ。
二人が出会ったのは温泉だった。友達との旅行中のこと、彼女が広い露店風呂に入っているうちにはぐれて一人になった。近くに若い男が湯に浸かっている。入り口は別々だけど中でつながっているよくある混浴風呂だ。目があったけれど二人はひとことも話さずにしばらく湯に浸かっていた。
それがきっかけだった。
夫がその話をすることはない。彼女だけが想い出に浸っているのかもしれない。毎日のように浴槽をきれいに磨く。真っ白なバスタブに陽光が反射している。
その他
公開:21/12/09 15:40

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容