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浅草の劇場で仕事を終えて全身のメイクをサウナで落とす。少し遅い昼休みに湯島で軽くビールを飲んで、大好きな栗のタルトを土産に帰る。いつのまにか季節は冬で、午後には初雪が舞うだろう、とテレビ画面の鮎美が凍える演技をみせている。いつからだろう、気象予報士がその日の服装を提案するようになったのは。
出会ったころ私は鮎美のことを知らなかった。彼女がとても人気のある気象予報士で写真集やエッセイを出版するような存在であることを。私は全国各地をめぐる旅の踊り子で、鮎美はふらりと旅先の劇場に現れては最前列に陣取ってチップがわりのラムネをくれるおかしな追っかけだった。
あるとき伊香保の温泉場で仕事を終え散歩をしていると、石段に座りスマホを見つめる鮎美に遭遇した。私が覗きこむと、
「縄文人のキスをみてるの」
とスマホを隠して彼女は言った。
それから私たちはキスをしたけれど、今も鮎美はその画像を見せてはくれない。
公開:21/12/02 13:13
更新:21/12/02 13:18

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