海の書庫

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教授に書庫の整理を頼まれた。日当が出るというし、常に金欠の私に断る理由などなかった。何より現役作家でもある創作学科の教授の書庫を覗くのは、創作脳の秘密を知るみたいでワクワクする。
「あちこちから本が送られてきてね」と教授。私の背丈ほどあるだろうか。まだ梱包されたままの郵便物の山は全部本らしい。
「欲しい本あれば持って帰っていいよ」そう言い残して教授は書斎へと戻った。教授は常に締切を抱えている。
 届いている本のほとんどは著者からの献本や、教授のインタビューが掲載された雑誌だった。
 梱包の山が公園の砂山くらいになったとき、一冊の本に目がとまった。美しい海の絵の絵本のようだが、タイトルも文字もない。ふと頁をめくると潮の香の風が頬を撫でた。書庫に窓はない。さらに頁をめくると波音が聞こえ、次の瞬間、目の前を巨大な影が横切った。
 本の中から出てきたクジラは、地下の書庫を水中のように漂いはじめた。
ファンタジー
公開:22/03/01 13:19

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