虜〜とりこ

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彼女から絵葉書が届いた。
美術館に勤める彼女は時々絵画を巡る旅に出る。これまでもルーブルやウフィツィ、アムステルダムを巡った。
五日前に届いた絵葉書はクリムトの「接吻」
葉書にはその金箔で覆われた絵を見た途端、どれだけの喜びと幸福に満たされたか、クリムトの絵と一緒になれるなら死んでもいいとまで書かれていた。
大袈裟だなあと笑った。
今回の絵葉書には草木や花の中に一軒の青白い家が描かれていた。
これもクリムトの作品らしい。
絵葉書にはこう書かれていただけだった。
「私はついに見つけた。さよなら」

僕の目の前にあの絵葉書の絵があった。
『北オーストリアの農家』
20年前、旅先のオーストリアで忽然と姿を消した彼女のことを思い出さずにはいられなかった。
横にいる妻が早く「接吻」が見たいと急かす。
絵の前を離れようとした時だった。
絵の中の家の窓に無数の人影が蠢いたような、いや、そんなはずはない。
公開:22/02/27 11:51

杉野圭志

元・松山帖句です。

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