語る寿司

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友人に面白い寿司屋があるからと連れてこられた。
「サビはどうしましょう?」
カウンターの中から大将が言った。
「僕はサビ抜きで。あ、こっちは入れて」
「へい!」
「おい、何でわさび入れないんだよ」
俺がそう言うと「前に来た時泣きすぎちゃって」と友人は笑った。
「へい、お待ち!」と大将が目の前に鯛の握りを置いたその時だった。
「ボクの名前はたいきち。みんなにはたいちゃんと呼ばれてる」
信じられないことに寿司ネタが喋り始めた。
「ボクには夢があった。美しい瀬戸の海で結婚して、子どもを持って、しかし」
そこで語りはミュージカル調に変わり、歌は一気にもり上がりサビの部分ではたいきちがどのように人間に捕まえられたかが歌われた。
「さあ食べてください」
大将が威勢良く言った。
俺は寿司を口に入れた。涙が溢れるのはワサビのせいだけではなかった。語る寿司により俺は今、カタルシスを迎えようとしていた。
青春
公開:22/02/26 17:38
更新:22/02/27 00:41

杉野圭志

元・松山帖句です。

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