春の奪われかた

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青い髪の老婆がひとり横断歩道を蛇行しながら踊り迫る姿が見える。
早朝のオフィス街に車や歩行者の姿はなく赤信号を阿波踊りで渡る老婆の気配は異様なもので、私は走る足を止めてしまい、ランニングマシンに流されるまま転んだ。
並木通りに面したオフィスビルのニ階にあるこの密林ジムで仕事前にくたくたになるまで走るのが私の日課。もう仕事などする気がしない、帰りたい、うんざりだ、というところまで自分を追いこんでからはじめる仕事が捗るのはなぜだろう。私はそんな境地が気に入ってこの密林ジムのトリップ会員になった。
私は老婆の存在が現実なのか確認するためにターザンルックのまま急いで表に出た。
老婆は私の姿に言葉を失っている。
「蛇行してたけど大丈夫ですか」
私が聞くと、
「右のピアスの分銅を奪われたの」
そう呟いた老婆は左に傾き、悲しそうに空を見上げた。またどこかで春が奪われて、西風の中に焼け焦げたにおいがある。
公開:22/02/25 13:40
更新:22/02/25 15:46

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