鰻重(上)

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う。
部屋の床の間にはそんな掛け軸がある。老舗の鰻屋じゃあるまいし達筆の書だ。鎌倉彫を施した床には水を張ったたらいがひとつ。私はその中に身を浸している。
見回りの犬が格子扉から私をグルルとにらみ、顔も浸してね、と書かれたフリップを示すと、扉を激しく蹴って片足をあげた。私ははじめてマーキングというものを内側から見た。電柱気分。電柱でござる。そんな言葉が浮かんでは消える。床暖房が冷めていく午後。
この部屋は鰻重のふたの上にある。シンクや吊るし場には血の痕跡はないが鋭い刃物が並んでいる。ここにはかつて収容所があり、国民を食いものにしてきた軍人や政治家たちを女将さんと呼ばれる少年が焼いたセロリで拷問を行い、蒲焼にしてから沖に流したという。
私はどうなるのだろう。先の見えない不安からウェルカムドリンクのかぼすサワーをこぼしてしまった。
床下にはきっと鰻重があるはず。その想像だけが今の私を勇気づける。
公開:22/02/18 20:34

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