食欲
0
2
俺たちは食事をほとんど必要としない。必要な栄養は卵嚢と核融合で賄っている。人生でただ一度だけの食事は燃料補給のため必要だが、俺たちがかつてヒトだった証の通過儀礼でもある。だから皆、生涯ただ一度だけ口にするものは心底大切なものにする。俺にはそれがなかった。俺は大切なものを何も見出すことができなかった。強いて言えば俺が食いたいのはたったひとつ、俺自身だけだった。俺は死にたくなかったが、このまま何も食べずに死ぬだろうと思っていた。なのにお前が現れた。お前は俺を食べようとした。俺は死にたくなかった。だから戦った。そしてお前を殺し、今、食いたくもなかったお前を食っている。お前の味は、最低に不味い。すかすかで、ぶよぶよだ。俺はお前が憎い。お前がこんなに不味いってことは、きっと俺も最低に不味いに違いないし、お前は、それを俺に教えておきながら、何も知らずに死んでこうして食われてる、それが何より憎いのだ。
SF
公開:22/02/18 01:31
コメントはありません
ログインするとコメントを投稿できます