桜咲くその前に。

　桜が咲き始める頃、彼女は散った。
　「ねえ、今日は言ってくれないの？」
　甘えるように照れながら囁く彼女の表情が、たまらなく好きだ。
　「こんな時にまで言わなくてはいけないのか？」
　「こんな時だから言ってほしいの」
　やがて涙ぐんだ彼女をそっと抱き寄せ、耳元で言葉を口にする。
　すると彼女は自分の体をゆっくり俺から引き離すと、満足そうに微笑み、さようなら、とだけ告げて後はもう振り返ることはなく歩んで行った。
　暖かく、小鳥が囀り、桜の蕾が今か今かと咲くのを我慢できないほどに膨らみきった、そんな季節。
　いつか、俺にもここを去っていく、その時が来るのだろうか。この世で一番愛した人と再び会うことはできるのだろうか。
　やがて眠りについていたようで瞼を開けると、彼女の顔が目に入り、視界の隅には懸命に伸ばす小さく頼りない手が映っている。
　ああ、そうか。
　やっと、会えた。
　「大好きだよ」